津屋崎人形 原田半蔵人形店      

津屋崎人形 原田半蔵人形店
 種類:土人形
 制作地:福岡県福津市津屋崎
 現制作者:原田彪(6代目) 2018年頃まで制作、高齢のため現在は閉業
 
 人形作りの家に生まれた原田半兵衛を初代に「半」文字を襲名し、制作を続けた。本家筋の三代目原田半右衛門、その子四代目原田半四郎、五代目原田半蔵、六代目原田彪(半宗)と人形作りを続けた。原田彪は教師を務める傍ら半蔵を手伝った。退職後制作を続けたが高齢により2018年頃に制作を休業し閉業した。
 招き猫は8種類ほどあるという。中でも福助が左手に招き猫を乗せた作品はおもしろい。座布団と一体化した招き猫も全国的には少ない。もうつくってはいないというが怖い感じの型もあるという。これは津屋崎人形巧房で制作している細身の招き猫か?詳細は不明である。招き猫ではないが寝そべった猫もあるという。
 座布団座りは原田半蔵さんの起こした型だそうだ。

 平成5年(1993)の年賀切手に「太鼓乗り鶏」が採用された。

初代 原田半兵衛 1794−1878 寛政6年−明治11年
二代 原田半四郎  1822−1896 文政5年−明治29年
三代 原田半右衛門 1849−1911 嘉永3年−明治44年
四代 原田半四郎 1882−1918 明治15年−大正7年 
五代 原田半蔵
六代 原田半宗(彪)  

  ※津屋崎人形原田家の4軒の人形工房に関しては原田活男による原田家の人形師歴が詳しい。

座布団座り招き猫  
頬に紅 左手挙げ
赤い大きなリボン 尻尾の彩色なし

原田半蔵人形店の招き猫
高さ109mm×横70mm×奥行65mm

元々は白猫だったようだ。
座布団座りで大きな赤いリボンをつけている
普通の首玉の座布団座り招き猫もある
座布団なしの招き猫だけのものもある
座布団座りの型は原田半蔵さんが起こし、
水玉模様の彩色も始めた
7代目原田半宗さんの猫には頬に紅がさしてある

これ以外にも常滑タイプの小判抱えや
それより細めの小判抱え招き猫もある
さらに福助が招き猫を手に乗せた、
猫抱き福助もある



平成5年(1993)の年賀切手
左が原田半蔵さんの太鼓乗り鶏
(左) 
平成5年(1993)の年賀切手  

 原田半蔵人形店の土人形の種類はひじょうに多い。招き猫だけでもかなりある。年賀切手になった太鼓乗り鶏もそうだが土鈴になっているものも多い。下の画像は所有する一部だがすべて土鈴になっている。
 もちろん土鈴だけではなく一般の土人形も制作をしている。

原田半蔵人形店の作品  
太鼓乗り狆
太鼓乗り鶏と同様な構図
ただし太鼓を抱えている

高さ92mm×横87mm×奥行77mm
特に銘はないが原田半蔵作と思われる

※ナンバーシールは
旧所蔵者の登録シール
伏見人形などでもよく見られる飾り馬

高さ73mm×横45mm×奥行106mm
(馬の正面から見て)
原田半蔵の銘が入る
ちょっととぼけた顔の虎
高さ88mm×横58mm×奥行68mm
原田半蔵のシールが付く


 訪問したときに店舗なども撮影したはずであるが、フィルムカメラが主流であった時代なので画像が見つからない。「人形」に「”」の看板は当時もあったはずだ。
いつでも購入できると先延ばししていたのが悔やまれる。

ストリートビューで見る原田半蔵店  
2013年4月の原田半蔵人形店
「人形」に「”」の看板がおもしろい
2019年6月はまだ営業していたようだ
展示ケースには年賀切手に採用された
太鼓乗り鶏のパネルがある
2022年1月、看板はそのままだが
入り口は閉ざされている
ガラスケースの中は劣化して
パネルや太鼓乗り鶏も落ちている
座布団座り招き猫は
もうここで10年以上招いている
日焼けで退色はしているが
「津屋崎人形原田半蔵店」の
看板は健在
1998年に訪問したときに撮影した画像があるはずだが
フィルムカメラの時代なので まだ見つかっていない
津屋崎の原田誠さんの工房や帖佐の折田さんの工房など
撮影したように記憶しているが定かではない
 





参考文献
招き猫尽くし (荒川千尋・板東寛司、1999 私家版)
福の素21・22合併号(日本招猫倶楽部会報、1999)
日本郷土玩具 西の部(武井武雄、1930 地平社書房)
「鯛車 猫」(鈴木常雄、1972 私家版)
郷土玩具図説第七巻(鈴木常雄、1988覆刻 村田書店)
全国郷土玩具ガイド4(畑野栄三、1993 婦女界出版社)
おもちゃ通信200号(平田嘉一、1996 全国郷土玩具友の会近畿支部)
招き猫博覧会(荒川千尋・板東寛二、2001 白石書店)