下川原土人形

下川原土人形・・・下川原焼き(したかわらやき)
 種類:土人形
 制作地:青森県
 現制作者:高谷信夫(6代目)
 住所:青森県弘前市桔梗野1−20−8

 文化7年(1810)津軽藩主の津軽寧親が藩の産業振興のため、筑前から高谷金蔵(初代)を呼び寄せ、陶器作りを奨励した。冬の期間の副業として土人形作りが始まったとされる。その後、金松(2代目)、清六(3代目)、徳太郎(4代目)と続き、1999年3月に亡くなられた充治(5代目)の後を継いで現在は信夫(6代目)が制作を続けている。比較的小型の作品が多く、人形笛になっているものも多い。紫、黄色、緑、水色など独特の色づかいがある。

現在招き猫はこの4種類ある



        

横96mm×奥行51mm×高さ101mm
招き猫の中ではいちばん大きい。親猫の後ろ足がなんとも愛らしいポーズをとっている。

        

横40mm×奥行43mm×高さ76mm
親子招きで人形笛になっている。白の子猫は左手上げ、黒ぶちの子猫は両手上げになっている。

        

横35mm×奥行40mm×高さ75mm
いちばんオーソドックスなタイプの招き猫。これも人形笛になっている。

        

横55mm×奥行43mm×高さ47mm
八橋土人形にもあるような横座りタイプの招き猫。これも人形笛になっている。



 招き猫の裏に書かれた購入日付をみると1993年5月1日とあります。この日弘前市の5代目高谷充治(じゅうじ)さんの工房を訪ねました。高谷充治さんは大正8年(1919)生まれで訪ねた当時は70代半ばでした。「見学させてください」というと「どうぞ」の一言だけで型や型抜きが終わって彩色を待つ土人形でいっぱいの作業場で黙々と制作を続けていました。まさに物静かな職人さんの典型的な方でした。「招き猫の在庫はありますか」と尋ねると、「今ここにはないが青森市で息子が展示即売をやっている」とのことでした。息子さんが充治さんといっしょに制作のかたわら、展示会などをやっているようです。その後、充治さんとは再会することなく、平成11年(1999)3月23日に79歳で亡くなられました。充治さんが亡くなられた後は青森で展示即売をされていた六代目の信夫さんが後を継ぎ、以前と変わらない姿で下川原焼きは作られ続けており、下川原土人形は安泰のようです。  =^・^=


高谷信夫
  鳩笛(はとぶえ)などで知られ、弘前市に藩政時代から伝わる「下川原焼」の6代目窯元・高谷信夫(たかや・のぶお)さんが2016年5月4日午後9時33分、胃がんのため国立病院機構弘前病院で死去した。64歳。
 高谷さんは25歳から下川原焼土人形作りに打ち込み、2002年には県伝統工芸士に認定された。高谷さんが手掛ける優しい表情の作品は、広く人気を集めた。  2016年5月7日 陸奥新報 より編集
 なお、現在七代目となっているのは弟の高谷智二(ともじ)さん。

                                   (画像は2003年の中野ひな市において)
 

                                                         2018年4月12日 加筆