浜松張り子 

浜松張り子
 種類:張り子
 制作地:静岡県浜松市
 現制作者:二橋加代子

初代 三輪永保(1848〜1923)
二代 三輪永智(1873〜1955)
三代 二橋志乃(1890〜1973)
四代 二橋加代子(1931〜)
 浜松張り子は幕臣三輪喜三次の長男として嘉永元年(1848)江戸で生まれた三輪永保(やすひさ)の創始に始まる。明治維新とともに浜松へ移り住み、江戸で覚えた張り子づくりを官職の片手間に始め、地元の玩具雑貨商や玩具店などにおろしていた。1896年(明治29年)官職を退いた後、長男の永智と共に一家で張り子づくりに専念した。
 永智は13歳で地元の援助者でもある玩具雑貨商に入店し、張り子製作の技術を本格的に受けて、父永保と共に浜松張り子を完成させた。1923年(大正12年)初代永保と地元の援助者が亡くなった後も永智により張り子づくりは続けられた。
 昭和20年浜松大空襲によりすべてが焼け、終戦後も永智は張り子づくりを断念し、浜松張り子も廃絶に危機に立たされた。しかし永保の子で永智の妹にあたる三代目志乃の奔走と地元の協力により浜松張り子は復興した。志乃は1902年(明治35年)から父永保より直伝で張り子づくりを習い、手伝っていたが、その後結婚により制作からは遠ざかっていた。志乃は再興後新しい型もおこし、女性ならではの作風で作品を作った。1959年には浜松市の無形文化財に指定された。昭和48年志乃の病歿で再び廃絶の危機にたたされたが、二橋家へ嫁いできた四代目加代子に受け継がれ、さらに新しい型も増え、制作が続けられている。

 
 浜松張り子に関しては、下記の『浜松独楽の会』のホームページ上に詳しく紹介されているので、ぜひご覧ください。作者の写真も掲載されています。許可を取っていないので「ねこれくと」からは直接リンクはしていません。
http://plaza.across.or.jp/~sahara/index.html (浜松独楽の会トップページ)
http://plaza.across.or.jp/~t-matusita/hamahariko.html (浜松張り子作者)

 上の写真は裏に銘はないが、一緒に出た作品から先代の二橋志乃作の可能性がある。下の写真は二橋加代子作のものである。見分けはつけにくいが、上の作では黒の斑点のぼかしは筆によるものでいわばクレヨンによるぼかしと似たような雰囲気になっている。しかし下の作品では薄墨によるぼかしでいわば水彩のぼかしと似たような雰囲気に仕上がっている。
 よく見ると顔つきも異なるが、はたして作者の違いによるものなのか、個体差なのかははっきりしない。
 浜松張り子の招き猫はこの型一点のみである。

 大きさ 横65mm×奥行70mm×高さ113mm
 目元には紅、目のまわりや手足の輪郭部にうすい紅
 右手上げの白猫のみ
  

 浜松張り子の招き猫はよく女性作者による色っぽい招き猫と言われています。特に目元の紅は他の招き猫には見られないもので、色街の女性を連想させます。いつ頃から制作されているのかははっきりしません。先の「浜松独楽の会」のホームページ上では各作者の代表的な作品の中には二橋加代子さんの欄には招き猫はありますが、志乃さんの欄にはありません。おそらく戦後復活したときに作られ始めたのかもしれません。
 浜松張り子には柿乗り猿や動物に車の付いた車ものなど面白いものがたくさんあります。ぜひこの技術が五代目に引き継がれていってもらえればと思います。