加州猫寺調査隊 その22 裏五十人町の痕跡を捜す


 龍昌寺がかつてあったのは金沢市裏五十人町だった。最初に行ったころはまだ裏五十人町のプレートが残っている人家があった。今はもうその家もなく更地になっている。
 しかしまだ痕跡はあった。
 電柱にはその位置関係などを示す暗号のような記号や文字が書かれたプレートが着いている。詳しくは電柱マニアのHPに任せるが、ここにある地名は意外に古いものがあるのである。我が家の前にある電柱にも「三門」とある。たぶん古い工場か何かの名前だと思う。実家付近にも「東邦」と書かれたプレートが着いている。これは昭和40年代まであった東邦金属という会社の名前だ。
 散歩しながら痕跡を捜していると「五十人町」があった。そうなれば「裏五十人町」も残っているのではと捜したら・・・・・・・。

    出村製材所は古くからある工場だ。 
その前にある電柱には新橋線とある。
 ①正面にあるのは出村製材所    
     ①の道をまっすぐ行くと
出村製材所の脇にある電柱に
裏五十人町の表示が見える。
裏五十人町一
昭和40年2月とある。
 右の樹木は①の左に写っている樹木にあたる  「裏五十人町」  
 さらに先に進むと駐車場角にある電柱に
裏五十人町3-1とある。
こちらは昭和42年10月
   
   駐車場の向こうが出村製材所  「裏五十人町」
     一本東の道路脇にある電柱には
五十人町右3 昭和42年10月とある。
 手前の電柱にある  五十人町  
     
 猫が多い街だ  かなり前に空き地になっていたここに表示があった  2001年4月撮影(再掲載)
     
 飼い猫が飛び出してきた  ひげの根元がふくらんで緊張状態にある  隠れてしまった

 丹念に捜せばまだあるかもしれない。住居表示に関してはまだどこかに残っていそうな感じもするが、本来の調査から外れてしまうのであまり追求するのはやめておこう。(でもまた捜していそうな気がする)

 ついでに近所を散策。近所の瑞泉寺はまだ行ったことがない。

     
 瑞泉寺  裏五十人町の表示があった近くの猫小屋  町屋造りも残っている
     
 なぜか気になるホテル   昔このあたりに金沢ホテルがあったようだがその名残?  
     
   今は少なくなった和傘屋  

    
 少しずつ龍昌寺があったことも、そして石坂遊郭があったことも痕跡は消えていく。