=^・^=今年も自性院節分会へ行く

 『来年の節分は日曜日。午後1時前には西落合近辺ををウロウロする=^・^=がいると見た。』という昨年の予想通り、2月3日の自性院の節分会に出没してしまいました。今年は残念ながら雨模様の寒い節分会となってしまいました。もう1日天気の移り変わりが早まっていれば、絶好の節分となっていたのに惜しまれます。昨年今年と曜日に恵まれたのですが来年からしばらくは平日の節分となるだけに、なおさら惜しい気がします。
 さすがに日曜日とあってもこの天気で昨年に比べると人出は少ないようです。今年の目玉は新しくなった「猫地蔵堂です」。昨年の節分会でもそのような話は聞いていましたが、いよいよお披露目です。以前あった地蔵堂に比べると本堂も含めすべて新しくなってしまったのは残念ですが、今の財政難の中でこれだけ立て替えができるというのは檀家をはじめやはり地元にしっかり根付いているからなのでしょう。現存しない古い猫地蔵堂に関しては境内にある復興記念碑に経緯が刻んであります。それによれば、上棟は昭和41年11月28日、落慶式は翌年の昭和42年5月7日ということです。なかなか趣のあるお堂だったのですが、なくなってみると残念です。
 新しい猫地蔵堂は中で護摩を焚くことができるように天井も高く、換気装置やエアコンも付いている近代的なものです。お堂の前にある猫地蔵の額だけは以前の古いお堂にあったものをそのまま使っています。防犯の関係で2体の猫地蔵はふだんはお堂には置いてありません(もっとも節分しか御開帳しないので置いてあっても見ることはできませんが)。

 節分会では本来は七福神や年男年女が町内を練り歩くのですが、小雨が降っていたので境内の中だけになってしまったのは残念です。

     
 雪の予報も出て招き猫も寒そう   昭和40年代の復興記念碑    猫地蔵堂の額
   
 おなじみ招き猫纏  招き猫纏の構造   猫地蔵尊のお札
招き猫纏の構造
 練り歩く先頭に立つのがこの招き猫纏。写真ではわかりにくいがかなり改造が施されている。常滑タイプの招き猫の底部をとってトタンで作った台にはめ込んであるようだ。招き猫の足には針金がたすきがけにかけられ、台板にヒートンで留められている。その細工を隠す役目も兼ね足下には紫の布がまかれ、赤い布がかけられている。かなりしっかりした構造で少しぐらい動かしてもびくともしない。

 お堂の中では毎年同じ方(江戸屋猫八に似た方)が解説をしています。堂内の木像は本来は石でできていたそうですが(江戸時代)、それは現存せず、現在安置されているものは明治になってから作られたものだそうです。光背には猫が配されています。
 何といっても今日の見物は2体の猫地蔵の御開帳です。古い太田道灌奉納と伝えられる猫地蔵は顔がつるつるになり、全く凹凸が亡くなっています。むかし神楽坂の芸者衆に「美しくなりますように」と撫でられて顔がなくなってしまったようです。その猫地蔵が有名になったのが江戸時代中期に神楽坂の寿司屋彌平が豪商の娘で貞女の誉れ高き女性を後世に伝えるため奉納した猫面地蔵です。この御利益にあやかろうと先の猫地蔵は当時の女性達に撫でられたようです。猫面地蔵を奉納する際、猫を祀ることで有名ということで自性院に奉納されということから、当時かなり猫地蔵自体有名だったことが伺えます。

        
新しくできた猫地蔵堂  堂内の木像の光背  猫面地蔵 太田道灌の猫地蔵
 猫面地蔵の顔

 奉納された招き猫達もあらためてみると、実に見逃していたことがたくさんあることに気づきました。赤い前垂れの付いた招き猫は型抜きの土人形で貯金玉になっており、底には紙を貼った跡が付いている。何体もあり、右手と左足の間の胸に梵字が薄く見えることから、寺の授与品と思われます。その中の一体には昭和33年5月12日の日付と奉納者名が入っていました。また同様に胸に梵字の入った古いタイプの常滑型招き猫も多く並んでいます。このタイプは小判を持っていません。後からよく写真を見ると昭和33年型の右後ろには鈴ではなく丸福の首玉をつけた常滑タイプもいます。そしてその中に最近の小判持ち常滑タイプも混在しています。
 そう言えばこの寺には賽銭箱が見あたりません(どこかにあるのかもしれませんが記憶にない)。招き猫を寺で売ったらという話をする人もいるようです。しかし、ただ招き猫を売っても仕方がない。きちんとご祈祷をして授与して初めて御利益があるというご住職の方針と関係があるようです。確認はとっていませんが、ふだんは授与品の招き猫を置いていないかもしれません。
 これらに混じって珍しい方もあります。一つは今戸土人形の寺島タイプに似た招き猫です。かなり状態は悪くなっていますが、なかなかいい顔をしています。年代はわかりません。もう一つは三河系の土人形です。これは彩色もしっかりしており、表情も愛くるしいです。

        
年季の入った招き猫   柳家小さんの奉納品  以前授与していたのだろうか  昭和33年に奉納された招き猫

     
右上の後の時代に授与され
奉納された招き猫
珍品今戸焼き「寺島」の招き猫に似ている  参考写真
 痴娯の家所蔵「今戸土人形」
  三河系の招き猫

 
 この護摩の焚き上げの上にかざしてご祈祷される。お札の中には「猫の会」などもあった。どのような会なのだろうか。この後まかれる豆もすべてここでご祈祷される。

        
猫地蔵堂の中では護摩が焚かれる  恒例の豆まき  また1年の眠りについた猫地蔵

 今年は45年目(よく聞こえなかったのですが、たぶん今の節分会が始まって)にあたると言うことで、参拝者におみやげがつきました。参拝者全員にかわいいポリエチレン袋に入った福袋が配られました。中身は福豆2包み、ミカン1個、自性院の焼き印の入った瓦煎餅、そして記念品の袋の中にはお守り。このお守り袋の表のデザインは河村目呂二が鍋蓋の裏に残した猫です。裏は写真ではわかりにくいのですが、中央に『猫地蔵自性院』、右には『豊嶋第二十四番』、左には『大願成就』の文字が織り込んであります。『豊嶋第二十四番』とは自性院が弘法大師豊嶋第二十四番札所にあたるからです。
 お守り袋の中には金運招福財布守の紙に包まれた鋳物の右手上げ金招き猫、左手上げ銀招き猫が入っていました。はたしてこのお守りもふだん授与されているのかどうかはわかりません。
 なお、今年は三角くじがついており、あたれば1等自転車の景品まで付いていました。

        
 福袋の中身    お守り(表)    お守り(裏)    お守りの中身

  2枚入って包装されている  自性院猫地蔵の焼き印の入った瓦煎餅    もう一枚は目呂二の鍋蓋猫
  特別公開
 昨年の節分会報告に書いた、10年前の正月にもらった、手ぬぐい。
 右上には豊嶋第二十四番。左下には猫地蔵自性院の文字。中央には河村目呂二が戦前に直径20cmほどの鍋蓋の裏に彫って残した猫と言葉。
  『寝こ寝こと笑う門には福来る』
 実際の鍋蓋の裏の絵では口の下のクルッと巻いたところは鈴になっている。また背中にも頭と同じように黒い斑がある。また目は細目ではなく丸目になっている。彫られている文字も上記のとおりで手ぬぐいとは異なる。
 この猫が瓦煎餅の焼き印の基になっている。

 出口の門で福袋が配られた後、寺はふだんの静けさを取り戻しました。そして3時ころになると猫地蔵の扉が閉じられ、また1年間の眠りにつきました。来年ははたして来られるだろうか。

   自性院  東京都新宿区西落合1−11−23